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東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)65号 判決 1960年11月29日

原告 有限会社 越南製作所

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

原告代理人は、「特許庁が昭和三三年抗告審判第二、六一二号事件について昭和三四年一一月三〇日にした審決はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求めた。

第二、原告の主張

原告代理人は、請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告会社は、昭和三二年五月一五日、別紙記載の原告の商標について、第一七類他類に属せざる機械器具およびその各部ならびに各種の調帯、ホースおよびパツキングを指定商品として、その登録を出願した。(昭和三二年商標登録願第一三、八八〇号)その商標は、「まるへいへいわごう」の平仮名文字を一連に縦書し、その左側に、上方には円輪郭内に「平」の漢字を楷書体で表わし、下方には一連に「平和号」の漢字を縦書して表わして成るものである。そして、同月一五日付で、原告は、右出願を登録第五〇二、〇七二号をもつて登録された原告の商標の連合商標登録願に訂正した。

ところが、特許庁審査官は昭和三三年九月三〇日拒絶査定をしたので、原告は同年一〇月一八日抗告審判の請求をしたが(昭和三三年抗告審判第二、六一二号)、特許庁は昭和三四年一一月三〇日登録第三六五、八二〇号商標を引用し、商標法(大正一〇年四月三〇日法律第九九号、以下単に商標法と称する。)第二条第一項第九号に該当するものとして、本件抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をしその審決書の謄本は同年一二月一一日原告に送達された。

二、審決に引用された登録第三六五、八二〇号商標は、昭和二一年五月四日の登録出願にかかり、同年九月三日その登録がなされたもので、第一七類精米機・精麦機その他本類に属する商品を指定商品とし、その構成は、別紙に記載するように、横にやや長い黄色に着色せられた地色の紙牌の中央に「竹」・「キ」・「工」の三文字を図案化した態様で、それぞれ上・中・下にして組み合わせて円形とした図柄を赤色で表わし、これを中にはさんで左右両側に頭部を内側に向け外方に長い尾をたれている二羽の鳳凰の図形を緑色で描き、次にこれらの図形の上部に角ゴシツク体風で「ピース」の仮名文字を黒色で左横書きして表わし、また右図形の下方に「竹井機械工業株式会社」および「金沢市」の文字を上下二段にしてそれぞれ細書きして表わし、商標見本に示すとおりの着色に限定して成るものである。

三、そこで、本件商標と引用商標とを比較するに、

(イ)  その外観および称呼において顕著に相違し、互いに区別し得る差異のあることは論をまたない。

(ロ)  次に観念上の点についてみるに、本件商標は、単に「平和」の文字だけでなく、円輪郭内に「平」の漢字を表わした記号文字および「まるへいへいわごう」の平仮名文字を一連不可分のものとして含み、その態様より生ずる観念はこれらを不可分のものとしてのそれであり、商標中円輪郭内の「平」の文字および「まるへいへいわごう」の文字を除外抽出し、「平和号」の文字だけが分離独立して商標の要部として観念せられることはあり得ず、しかも、「号」の文字が一般に商品の型式等を表わすため広く使用せられているとしても、「号」の文字の有無により観念も別個の観念を生じるものであり、商標全体より総合的に形成せられる観念は、全く単なる「平和」の観念とは異なるものと考えるべきである。

しかるに、引用商標は、「ピース」の観念を生ずるとしても、単なる「ピース」でなく、この商標の一連不可分的構成要素たる二羽の鳳凰の図形ならびに「竹」・「キ」・「工」から成る図形および「竹井機械工業株式会社」の文字を除外抽出して観念せられることはあり得ず、これを包含した観念を必然的に生ずるものである。それゆえ、本件商標と引用商標とは、観念の点においても類似しておらず、取引上誤認混淆のおそれがないとみるのが相当である。

四、次に、原告の有する登録第五〇二、〇七二号商標は、昭和三一年七月一二日の登録出願にかかり、第一七類他類に属しない機械、器具、およびその各部ならびに各種の調帯・ホースおよびパツキングを指定商品とし、本件商標中の「まるへいへいわごう」とほとんど同一の「まるへいへいわごう」の平仮名文字を一連に縦書きして成るものである。したがつて、右両者は類似の商標であり、かつその指定商品も全く同一であるから、商標法第三条所定の場合に該当し、同法第一条の規定により登録せられるべきである。

五、しかるに、審決は、本件商標中「平和号」の文字がその商標の構成上分離して商標の要部をなすものであり、また「号」の文字は一般に商品の品位・型式等を表わすために広く使用せられているもの、であるから、結局本願商標よりは「平和」の観念をも生ずるとし、引用商標は顕著に表わされた「ピース」の文字より平和の観念を生ずることは明らかであり、両者は「平和」の観念を共通にする類似の商標であるとして、商標法第二条第一項第九号を適用し、また前記(四)の点を顧慮することなく、本件商標の登録出願を拒否すべきものとしたのであつて、右は違法の審決というべきであるから、その取消を求めるため本訴請求に及んだ。

第三、被告の答弁

被告代理人は答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張の一、二の事実および三の(イ)の点は争わないが、三の(ロ)および四において主張する見解はこれを争う。

原告主張の五については、審決が原告主張のような理由で、本件商標の登録出願を拒否すべきものとしたことは認めるが、審決の認定は次に述べるとおり妥当であり、なんら違法の点はない。

二、本件商標につき、原告は、単に「平和」ではなく、「平和号」の文字および円輪郭内に「平」の漢字を表わした記号文字ならびに「まるへいへいわごう」の平仮名文字のすべてが一体不可分の態様で構成されているものとして観念すべきであると主張するけれども、本件商標を看者が一見するときは、その構成よりして、必ずしも原告主張の三つの構成部分が一体不可分的にのみ表わされているものとしては看取せず、むしろ商標中きわめて顕著に表わされている「平和号」の文字が看者の注意を最も強くひく部分であつて、簡易迅速に行われる商取引の実際においては、この部分が分離して商標の要部をなし、これより生ずる称呼、観念をもつて取引されるのを通例とすると判断するのが相当である。何故ならば、商標中「まるへいへいわごう」あるいは「<平>」の部分より本件商標の称呼、観念が全く生じないとするものではないが、これらの文字または記号は、日常生活上一般の者に親しみ深い特別の意味内容を有するものではないし、また「まるへいへいわごう」の文字にあつては、これは語として相当長く、通常呼称するのに音数として多い方であるから、取引上は、一般に呼称し易く、親しみ深い意味内容を有する語の部分すなわち「平和号」の文字より生ずる称呼・観念をもつて取引されることは日常生活の経験則に照らして疑いをいれないところであり、しかも右の三字中「号」の文字は、一般に商品の型式等を表わすため普通に用いられる語であるから、「平和号」の文字は単に「平和」として称呼し観念せられることは明らかである。

これに対し、引用商標は原告主張のような構成のものであるが、商標の中央部に表わされている図柄は、一見してはいかなる文字または記号をもつて構成されていて何を表現しているかが不明であり、その下に表わされている「竹井機械工業株式会社」の文字より判断して、これは「竹」・「キ」・「工」の文字を図案化してモノグラム式に組み合わせて表示したものであろうということが辛うじて判読できる程度のものである。したがつて、右の図形より特定の称呼・観念を生ずるものでないことは明らかであり、またその左右両側に描かれている鳥の図形および下方の出願人の商号と認められる文字等は、附記・附飾的に表示されているにすぎないと考えるのが相当であつて、結局看者の注意を最も強くひく部分は商標の中央上部に大きくきわめて顕著に表わされている「ピース」の文字であるといわねばならない。

このように考えれば、本件および引用の両商標はそれぞれ「平和」・「ピース」の文字の部分より生ずる称呼・観念をもつて取引されるものであると判断せざるを得ない。而して、現在のわが国における英語知識の普通程度をもつてすれば、「ピース」は英語で「平和」の意味を有する語としてこれを直感しまたはこれを容易に理解し得るところであるのみならず、この「平和」「ピース」の両語はともに非常に親しみ深い語であつて、日常生活上ほとんど同義語として観念せられ、使用せられていることはわれわれの経験則に照らし明らかである。したがつて、本件および引用の両商標は、その外観・称呼こそ異なつているが、「平和」の観念を共通にするという意味で類似の商標というべく、これをその指定商品について使用するときは、右の点において取引上かれこれ相紛らわしく誤認混淆のおそれを生ずるおそれが十分にあるものと判断せざるを得ないし、かつ両者の指定商品もまた互いに牴触すること明らかであるから、ひつきよう本件商標は商標法第二条第一項第九号の規定によりその登録を拒否せられるべきものといわねばならない。

三、次に、原告は、本件商標の登録出願は商標法第三条所定の場合に該当するから当然登録を許容せらるべきであると主張する。しかしながら、商標法第三条の規定は、同条の規定に該当する出願は単独の商標登録出願でなく連合の商標として出願した場合にかぎりこれを登録する旨を明らかにしているに止まり、連合商標の登録出願でも、商標法の定める拒絶理由が存するときは、やはりその登録出願は拒否を免れないのであつて、このことはすでに学説および審判決例のひとしく認めるところである。本件においても、本件出願商標が「まるへいへいわごう」の平仮名文字より成り原告の登録商標に連合する商標として出願されたものであり、また本件商標中に右登録商標の文字とほとんど同一と認められる態様で「まるへいへいわごう」なる文字が表わされていることは原告主張のとおりであるけれども、前記(二)で述べたような拒否理由が存する以上、本件商標の登録出願は拒否を免れないのである。

なお、原告の引用する登録第五〇二、〇七二号商標は、前記のように「まるへいへいわごう」の平仮名文字を縦書きして成るものであるが、これはその構成上これらの文字を一体不可分のものとして称呼し観念すべきであり、商標中「へいわ」の部分のみを分離して判断するのは妥当でないから、右商標が審決引用の登録商標と非類似のものとして登録せられたのはけだし当然というべきである。前記原告の原登録商標と構成態様を異にする本件商標につき、右と同一の判断をなすべきであるとする。原告の主張の誤りであることは前に述べたところによつて明らかである。

第四、証拠関係<省略>

理由

一、本件商標の登録出願より抗告審判の審決に至る経過、本件出願の商標と審決引用の商標の各構成および各指定商品等に関する原告主張の一、二、三の(イ)の事実および同五の審決の理由に関する点は、いずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、右審決の当否について審究する。前記両商標の構成につき当事者間に争いのない事実に成立に争いのない甲第一号証の一、乙第一号証を総合すれば、本件出願にかかる商標は、別紙記載のように円輪郭内に「平」の漢字を楷書体で表わしその下方に「平和号」の漢字を楷書体で縦書きして表わし、これらの右側に「まるへいへいわごう」の平仮名文字を、その上端および下端が左側の「<平>平和号」の上端および下端とそれぞれ高さが揃うように(したがつて平仮名文字の方を平和号の漢字より小さくし)、一連に縦書して表わして成るものであり、一方審決引用の商標は、別紙記載のように、横にやや長い紙牌(これは地色を黄色で表わす。)の中央に、「竹」・「キ」・「工」の三文字を図案化した態様でそれぞれ上・中・下にして組み合わせ、これらが全体としてほぼ円形をなすようにした図柄を赤色で表わし、これを中央にはさんで左右両側に、頭部を内側に向け外方に長い尾をたれている二羽の鳳凰の図形を緑色で描き、次にこれらの図形の上方に肉太の角ゴシツク体風で「ピース」の片仮名文字を大きく黒色で左横書きして表わし、また前記図形の下方に「竹井機械工業株式会社」および「金沢市」の文字を上下二段にそれぞれ細書きで左横書きして黒色で表わし、商標見本に示すとおりに着色を限定して成るものであることが明らかである。

三、そして、右両商標が外観および称呼の点においては類似するところのないことは明らかであり、この点は被告においても争つていないので、観念の点についての両者の類否を考察するに、本件商標にあつては、右側の「まるへいへいわごう」は平仮名九字で、左側は<平>と平和号の漢字三字で、前者より後者の方が字も大きく、特に平和号の三字は円輪郭の平の一字より大きいので、右三字が看者の注意を最も強くひく部分であると認められる。また、一体としてみた場合の「まるへいへいわごう」の部分にしても、あるいは<平>の部分にしても、これらの文字または記号的表示は、吾人の日常生活上特に親しみ深い特別の意味内容を有するものではなく、これに反し、「平和号」の部分は、日常生活上親しみ深い意味内容を有する「平和」の二字と一般に商品の型式等を表わすためしばしば用いられる「号」の字とから成つているので、一体としての「まるへいへいわごう」が音数が比較的多く呼称しにくいのに反し、単に「平和号」としては呼称しやすいことと相俟つて、商取引の実際においては、「平和号」の文字より生ずる称呼観念をもつて取引されることは容易に諒解し得るところである。

原告は、「まるへいへいわごう」・「<平>」・「平和号」は一体不可分のものであり、これより生ずる観念は単なる「平和」の観念とは異なる旨主張するけれども、このような見解は、右に説明したところからみて妥当でなく、むしろ「平和号」の部分が本件商標の要部をなし、したがつて本件商標より「平和」の観念をも生ずることは否定し得ないところというべきである。

他方、引用商標の方はどうかというに、その商標の構成は前認定のとおりで、別紙表示のAにみられるように、上部にある「ピース」の文字が最も顕著に表わされており、その下方商標の中央部に円形に表わされている図形は、商標の下部にある「竹井機械工業株式会社」の表示から判断して、「竹」・「キ」・「工」の三字を図案化し組み合わせて表示したものであることを辛うじて推知し得るけれども、このような図形からは特定の称呼、観念を生ずるものとは考えられず、下部にある右商号と「金沢市」の表示は単に附記的なものであることは明らかである。また、前記の円い図形の左右に表示されている鳳凰の図形は、単なる附飾的のものともみられ、また同時に、鳳凰が古来瑞鳥と称されるところから、「ピース」の文字と相まつて平和の意を表わそうとしたものとも解される。かくして、結局、引用商標においては、看者の注意を最も強くひく部分は同商標の中央上部にきわめて顕著に表わされている「ピース」の文字であることは明らかであり、「ピース」という語は、英語の知識が相当普及している現在のわが国においては、それが「平和」の意味を有する英語であることは一般に広く理解されているところと考えられる。したがつて、引用商標においては、「ピース」の文字を表示した部分がその要部であり、これにより、同商標から「ピース」の称呼とともに「平和」の観念を生ずるものと解するのが相当である。原告は、同商標より「ピース」の文字以外の図形および文字を不可分的に包含した観念を生ずる旨主張するけれども、右は妥当な見解とは認められない。

してみれば、前記両商標は、その外観および称呼を異にしていても、「平和」の観念を共通にするもので、離隔的観察においては互いに誤認混同のおそれがあり、類似の商標と認めるのを相当とすべく、しかも両者の指定商品が互いに競合牴触することは明らかであるから、ひつきよう本件商標は商標法第二条第一項第九号所定のものに該当し、その登録は許されないものといわなければならない。

四、原告は、本件商標の登録出願は商標法第三条所定の場合に該当するから当然登録を許容せられるべきであると主張するけれども、商標法第三条の規定は、被告主張のように、同条所定の要件を具える商標は、連合の商標として出願した場合にかぎりこれを登録する旨を明らかにしているに止まり、同条の規定に該当し連合商標として登録出願をしたものでありさえすれば、すべて無条件に登録するとの趣旨ではなく、連合商標として出願されたものであつても、他に商標法の定める拒絶理由の存するときはその登録出願は拒否を免れないものと解するのが相当である。それゆえ、本件商標の登録出願が原告主張のような連合商標としての登録出願であつたにしても、そのことは右の出願を許容すべからざるものとする前記の判断になんらの消長をも及ぼすものではなく、原告の前記主張は採用のかぎりでない。

五、以上説明のとおりであるから、本件商標の登録出願を拒否すべきものとした本件審決にはなんら違法の点がないので、これが取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 山下朝一 多田貞治)

(別紙)

A 本件出願商標<省略>

B 引用登録第365,820号商標<省略>

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